読書会vol.44 ミハル・アイヴァス『もうひとつの街へ』

6月の読書会は、予定していたゲストの方の参加が延期になりまして、急遽仕切り直して本を選び直すなどバタバタでした。ここ数回日本の作品が続いたので、今回は久しぶりに海外文学を読みたいねーと、チェコのミハル・アイヴァス『もうひとつの街』を読むことに。実は8月にチェコのイベントをやるので、そのネタを仕込みたくて、私がゴリ押ししたのですが(笑)。

「見知らぬ文字で書かれた本を発見した『私』が、入り込んだ『もうひとつの街』には異界が広がっていた。世界が注目するチェコ作家がおくる、シュールな幻想とSF的想像力に満ちた大傑作」、との紹介文。この手の本って、最初は読みづらいなーと感じたりするのですが、ふいにググッとその世界観に入り込めると、二重の世界を生きているようななんとも言えない感覚を味わえるのですよね。

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とはいえ、幻想小説はわれわれ読書会主宰者(ソフトフライド・サトウ=SFS、ハードボイルド・カツマタ)にとっては鬼門。それでもなんとか読み終え、当日、会が始まる前には会場近くのカフェでお茶するくらい、超余裕ぶっこいていた私でした。

そろそろ会場の「カフェ・レヴァンド」に行くかと歩き出したところ、なんだかオカシイ。ワタクシ、いわゆる「地図の読めない女」ではないのですが、この日は全く見当違いの場所をずんずん歩いていたのでした。再度地図を確認し、いざ!と思ったところで、ハードボイルド・カツマタ氏からメールが。「あのー、店がないようなんですけど」。

とにかく私も会場があるはずの場所に向うと、そこはガランとした空き家。通り過ぎるひとが「ここの喫茶店なくなったのぉ~?」なんてささやいています。まぁそういうことはいくらでもあり得ることですが、もぬけの空となった空間は、なんだか異世界に入り込んだ気にさせられます。否、カフェレヴァンドこそが「もうひとつの街」へ吸い込まれてしまったような・・・。

なんとも不思議な気分にさせられてスタートした今回の読書会。チェコの作家であり哲学論考なども執筆しているミハル・アイヴァスの『もうひとつの街』は、図書館や本がキーとなってくるという点からも、ボルヘスの世界観を継承する幻想小説。街や畑を駆け抜ける緑の大理石でできたバスやスキーのリフト、謎のサメとの格闘、テレビを運ぶイタチたち・・・といったように、次から次へと奇妙な会話や場面が出てくるのですが、「意味」に捉われすぎているカチカチの頭ではなかなかイメージが追いつかない!

物語は、主人公が古本屋でこの世のものではない文字で書かれた本をゲットするところから始まります。その本の「意味」を探していくうちに、どうやら「もうひとつの街」があるらしいことに気づき、その境界を行き来したりするのですが、その世界の中心にたどり着きたいと思っているあいだは、決して辿り着けない、旅立つことができない。そんなテーマは、最後の10ページあたりになって、ようやくクリアになっていきます。

「奇妙な謎はどういうことかというと、最終的な中心など存在せず、マスクの背後にいかなる顔をも隠れてはおらず、伝言ゲームの初めの言葉もなければ、翻訳されるテクストのオリジナルも存在しないということなのじゃ。そう、次々と変化を生み出す、回転し続ける変化というロープでしかない。先住民の街などなく、街という街が無限に連なる鎖でしかなく、変わりつづける法の波が容赦なく流れていく、終わりも、始まりもない円のようなものだ。・・・略・・・すべての街はそれぞれがたがいに中心であると同時に周縁であり、起源であると同時に終わりであり、母なる街であると同時に植民地なのだ」

このあたり、差延=ズレについて論じたフランスの思想家デリダの論考を書いている著者らしい文章です。

「去りゆくものがいなければ、故郷の規律は硬直し、息絶えてしまうだろう。出発は、対話の中断を意味するものではない。そしてまた、真の対話は、去りゆくものと留まる者とのあいだでのみ成立するのだ。同族同士の対話は、飽きもせずに自分の言葉のエコーに耳を傾けることにほかならない。対話というものは、故郷の内部に生きる者たちと、境界を越えて漂っているもの、つまり、衣擦れの音、怪物の叫びや唸り声、亡命者のオーケストラが数日間かけて演奏する楽曲が混じりあう喧噪、との偉大なる対話から栄養を得ているのだ」
そうして主人公は、目の前に停車した、緑の大理石のバスの方に歩き出す。いや~ここまで来るの、私にとってもほんと長い旅だったよ!!って思ってしまうわたしは、やはり「意味」の住人なのだなぁ・・・と。この本に書かれている言葉の世界を、意味で捉えようとするのではなく、イメージとして自由にたゆたう人から、ぜひお話を聞いてみたいなぁと思った会でした。でも、ビジュアル(アニメーションとか)にするとすごく面白い、そんな確信は持てたりはして。

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ミハル・アイヴィス『もうひとつの街』(河出書房新社、2013)